dmachiの日記

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読書メモ

『人類の起源、宗教の誕生』2019年

 神学、宗教学者と人類学、霊長類学者の対談。

メモ。(数字部分は自分)

 ・「仲間が持ってきたものを食べるということは、その仲間に命を預けるということに近いわけですよ。」

  ①待っている仲間への共感、想像力。仲間が食物を持ってくるまで待つ間の想像力。直接目にし手に取ったものではない食物を食するという仲間への信頼、共感。さらにはどこでどうやって食物を手にし運んできたかという問いが生まれ得るしそれを語る物語が発生する。というかその経緯全体の訴求力が物語性だろうか。

 ・山極「貨幣が、モノの流通が宗教を追い越していった。~貨幣はユーロという統一を果たしましたが、言語までは変えられなかった。~同様に、文化の一元化もなかなか起こりえない。なぜならば、言語や文化というものは身体化されたものだからです」小原「経済は、共通ルールを最小化した宗教といえるかもしれませんね。貨幣価値さえ共有すれば、価値の共同体が形成されるわけですから。」

 ・「宗教に代わるものを、人間は特にヨーロッパでつくり出した。それがヒューマニズムなんですね。」

 ・「西田は、身体があってこそ自分というものがあるわけで、自分があるというところから自分を見ているわけではない。~熱いと感じるのは、身体が感じるから熱いわけであって、自分というものがあって熱いと感じるから身体が反応するわけではない」

 ・「我々は今、直観によって生きているのではなくて、情報によって生きつつあるわけです。昔は生身の身体で、あるいは生の経験から生じた物語を生きていた。私は宗教もその一つだと思いますが、そうやって成り立っていた。だから、生の現実にすぐ転換できたわけです」

  ②食物の運搬、仲間を信じて食べる行為、妊娠中の女性や子供に食糧を与える行為が社会性につながった

  →相手が見たことのない場所や、由来のわからない食物の安全性を説明する、あるいは、自分が食べたいものを想像をし、自分が見ていない場所で活動する仲間の姿を想像すること。想像力

  →この想像力の共有が社会性に変化をもたらした。ある程度欠落した時間があっても、仲間として認めることができるような、想像力で埋め合わせることができるような社会。それが最後に言葉に結びつくコミュニケーション。仲間への想像、仲間がどんな気持ちで自分を見ているかの想像など、共感力の増大によりコミュニケーションが発達した。

 ・「理解というのは、ロゴスの世界の中で物事を言葉として理解することを意味しますが、了解というのは体全体で納得することです」

 ・「人間が何百万年もの間、長距離を歩いて食物を探し、仲間のもとに持ち帰って食べたという、幸福感に基づいて身体ができているからです」

  ③好きなものを好きなだけ食べても物足りないのは、気に入った仲間と食べ物を分け合って、話題を交換しながら時間をかけて食べる方が幸福感が増すように、体ができている。

 

 4⃣二足歩行による長距離の食料の仲間への運搬による、想像力や言葉の発達の説明はとてもすっきりしている。お話としてできすぎていると思うくらい。

 そして、狩猟採集をしていた時代から変わっていない身体が訴求するものを見直してみれば、原理的には狩猟採集時代が人間の基準となる。それが参考になる。しかし、定住を始め、宗教性を持ち、農耕を始め、その後をそれなりに工夫しながらやってきたのも人間だろうから、参考にしつつ工夫するという当たり前の結論になろうか。ただし、本書では、現代は、グローバルな経済と、生命科学、AIは、人間を脅かすものになっていると、警戒している。だからこそ、歴史的に射程の長い話が語られている。